ネットワークビジネスに誘われた話「第1話 その男との出会い」
- 2016/12/2
- ライフスタイル
あれは2015年8月のことだった。
日曜日のJR新宿駅東口はあいかわらずの人集り。
虫眼鏡を通したかのように強い真夏日の日差しに視界を奪われながら、俺は目的地に向かって走った。
約束の13時まであと5分しかない。
「今度の日曜日の飲み会に参加しないか?」
数日前、仕事関係のフジオカさんに誘われた。
九州出身の人が集まって、九州料理屋で『九州会』という飲み会が行われるらしい。
「いや、フジオカさんは福岡出身だからいいでしょうけど、私は東京出身ですよ?」
「九州出身じゃなきゃいけないってことではないんだ。九州以外の人も毎年けっこう来てるし、女の子もいっぱい来てたよ」
何に釣られた訳でもなく、ちょうど予定も空いていたので行ってみることにした。
5分ほど遅れて地下にあるその店に入ると、すでに乾杯は終わっていたようで、それぞれ盛り上がっていた。
年齢も性別もさまざま、80人ほどいるだろうか。
想像以上の規模に戸惑いつつもフジオカさんを探した。
東口ほどではないとはいえ、それだけ多いとなかなか見つからない。
しかし、休みの日に探してまで50代のおっさんと話す必要もないかと早々に探すのをやめ、近くの空いている席に座った。
「こんにちわー」
6人掛けのテーブルを2人ずつの男女が囲んでいた。
ちょうど俺と同年代に見えた。
「はい、これ!」
隣の女性にネームプレートとサインペンを渡された。
彼女の首に下げている、「熊本 キョウコ」と書かれたネームプレートを見て把握し、「東京 ニシヤマ」と記入した。
それにしても、キョウコちゃん…カワイイ。
テキトーも甚だしいけど、「ミス立教」みたいな雰囲気というか、そんな感じの清楚な美人。
「東京なんですねー?」
「はい、なんかすいません関係ないのに参加させていただいちゃって…」
「全然いいんじゃないですか? 他にも九州以外の人たくさんいるみたいですよ!」
見渡すと、見える範囲にもちらほらと「東京」と書かれたネームプレートが確認できた。
白鳥の中に紛れたアヒルのような気持ちは払拭され、多少安心した。
「お仕事何されてるんですか?」
「あぁ、俺は…」
話しているうちに周りの人たちとも打ち解け、たくさんの人と会話をした。
周りの声も大きくなり、全体が盛り上がっているのを感じた。
福岡出身のフォークデュオがゲストとして登場したりして、参加者たちの強い地元愛を感じられた。
東京出身を羨ましがられることは多いけど、この団結力を感じるとむしろ地方出身を羨ましく感じる。
ふと入口に目をやるとフジオカさんが電話をしながら出て行くのが見えたので、やはり挨拶くらいはしようと後を追った。
酒が入っていたので地下から地上への階段がやたらと急に感じた。
頭がクラクラして、そんなカワイイものでもないのに、迷宮を彷徨うアリスのような気持ちになった。
「今日はありがとうございます!」
「いいなー、ニシヤマの席若い女の子ばっかりじゃん!」
そんな会話をしながら、フジオカさんが一服終えるのを待って階段を降りた。
ちょうどそのとき、1人の男が階段を上がってきた。
「あれ? もう帰っちゃうんですか?」
すれ違いざまに声を掛けた。
一言も会話をしておらず、それどころか参加していたことすら気づかなかった見知らぬ男になぜ声を掛けたのか、自分でも分からない。
「そうなんですよ、この後予定がありまして…」
「残念ですね、じゃあまたの機会にお話しましょう」
思ってもないのに言ってしまうのはいつものこと。
酔っているからではなく、俺の悪い癖。
「いいですね! じゃあLINE教えてください!」
一瞬戸惑った。
社交辞令だと分かってほしかった俺としてはまさかの展開に。
しかし、特に断る理由もないのでLINEの交換をした。
まさかこのことが、俺の人生を大きく変えることになるとは思いもしなかった。